【週1回で体力の増進効果】

さいたま市の登山愛好家、何武(あんの)信夫さん(73)は「低い山を歩く会」の代表だ。会員は78人で、70代のシニア層が中心。創立58年という長い歴史をもち、これまで9700回の山行記録がある。

そんなに長年、低山ばかり登ってきたのかと驚いたら、実は名前の由来は「富士山より低い山を歩こう」だった。阿武さんが振り返る。「当時は先鋭的な登山がブームで、海外遠征も盛ん。だから、もっと気軽に楽しみたいと始めたが、それでも北アルプスなどに挑んでいた」

時は流れ、いまや名実ともに低山ファンの集まりに。しかも超がつく低山で、もはや「丘」と呼べる世界だ。「郊外の雑木林や、街なかの高台を山に見立てて楽しみます」。4月は東京都港区の増上寺周辺を歩いた。「特に女性が元気でにぎやか。熊よけの鈴もいらないと笑われます」と、会員の服部千重子さん(80)。

健康への効果は実証されている。鹿屋体育大の山本正嘉教授は「高い山に2〜3ヵ月に1度だけ登るより、週1回の低山のほうが体力を増進させる」と話す。山本教授たちが佐賀県の金立山(きんりゅうさん)(502b)に毎週登る「金立水曜登山会」の会員たちの身体や運動機能を調べたところ、腹筋力や背筋力、骨密度など多くの項目で同年齢の平均値を大きく上回った。

山本教授によると、この週1回の登山だけで、厚生労働省が推奨する1週間分の運動量を満たすそうだ。そして、さらに注目されるのが、精神面の変化。男女とも「交友関係が良くなった」という結果が出た。「コミュニティーが広がり、ストレスを発散できる効果が大きい」。登山中の事故などのトラブル発生率が顕著に低いことも特徴だそうだ。

ただし低山とはいえ、油断は禁物だ。入念な準備や十分なウォーミングアップがあるからこそ、事故を避けられるという。日本山岳会の医療委員会委員長を務める山岳医の野口いづみさんは「足腰を痛めない歩き方をマスターしましょう」と呼びかける。野口さんに山歩き術を聞いた。

シニアにとって最大の関心事は、ひざ痛の予防だとか。登山専門誌も年1回はこのテーマを特集に組むほどだ。野口さんが挙げる有効な予防法は三つ。@出発前のストレッチAサポーターやテーピングBストックの使用だ。

ストレッチは身体を柔らかくほぐし、動きをよくしてけがを防ぐ。ふくらはぎやアキレス腱、太ももなどを伸ばす。ひざに不安があるなら、出発前にテーピングを。サポーターで保温するのも効果的だ。

とくに要注意なのが下り坂だ。足に負担がかかって痛めやすい。ストックを上手に使うのがよい。登りの時よりも5〜10aほど長く伸ばし、下りていく斜め前を突くように使うのがコツだ。普段から筋トレをして筋肉を付けておくことも、けがの予防になる。「休まず続けることが健康づくりの道です」と野口さんは言う。

フリー編集者の清野明さん(65)は昨年、首都圏のウォーキングコースを案内する『極楽!丘歩き30』を出版した。「そうだ、丘があった川!!がキャッチコピー。「低山ブームの先を行くのが、高さ100〜200bの『丘』の世界。平地以上・低山未満の魅力を満載した」と胸を張る。

丘なら、若い頃に登っていた山が苦しくなったシニア世代でも無理なく楽しめる。緑もあれば名所旧跡もある。交通の便もよいし、2〜3時間で十分に歩ける。

清野さんが特にオススメという神奈川県の渋沢丘陵を訪ねた。小田急線の秦野駅から30分も歩けば、風景の豊かな丘陵へと入る。美しい湖の周辺では春の新緑を満喫できる。楽しみながら3時間近く歩き、けっこうな運動量になった。(伊藤隆太郎)


(出典:朝日新聞、2019/04/13)

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